事故は高くつく【Dating Chemistry 人と化学のランデヴー】by 若倉正英

さんぽコラム Dating Chemistry 人と化学のランデヴー
事故は高くつく
若倉正英

投稿日:2017年06月18日 09時00分

 化学物質による火災や爆発は、時にそこで働く人の命を奪うだけではなく、有害な物質を周辺にまき散らして多くの市民に被害を与えることもある。化学事故が環境事故と言われる所以である。

 一方、事故では被害に対する補償が必須であり、その規模によっては企業の負担はとてつもなく大きくなる。2001年にフランスの大学都市ツールーズの化学会社で起きた硝酸アンモニウムの爆発では自衛消防隊員を中心に31名が亡くなり、爆発による飛散物などで2,000名以上の市民が負傷した。人の被害だけではなく、工場周辺の多くの建物、スーパーマーケットや工業高校などは建物が崩壊するほどに破壊された。このときの保険会社の支払額は15億ユーロを超えているそうである。また、2005年に英国のバンスフィールドの油槽所(製油所から出荷される石油製品を保管する設備)ではガソリンなどが漏洩して火災となり、従業員や市民43名が負傷するとともに、周辺地域の環境を汚染し、黒煙によって道路輸送や飛行機の運行に多大な影響が出たそうである。この事故での直接的な損害は12.5億ユーロ以上といわれている。事故の損害は直接的な補償金額だけではなく多岐にわたっている。事故や安全維持の経済効果については、産業技術総合研究所でも分析を進めており、逐次ご報告したいと考えている。

 安全工学会保安力向上センターが産業技術総合研究所と連携して行っている保安力評価での事業所ヒアリングでは、事故による現場でのマイナス影響が明らかになってきている。事故が現場にもたらす最も大きな変化は、そこで働く人たちのモチベーションだろう。仲間の死や怪我を目のあたりにすると、多くの人たちの意識が変わってしまう。特に死亡事故は、喪失感や時には責任意識でそこで働く人たちの意欲を低下させ、本来進めるべき再発防止のための取り組みがかえって停滞することも少なくない。また、経営層や工場幹部が現場の意識の変化を斟酌せず、性急に安全活動を強化すると、やらされ感が増幅してぽかミスや省略行為が増加する傾向にあるようだ。大事故ほど再発防止に向けた丁寧な対応が必要なのである。

若倉 正英 / Masahide WAKAKURA

(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 客員研究員
安全工学会保安力向上センター・センター長

産総研での事故分析や保安力の評価などに従事。モットーは、”遊びと仕事の両立”。