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侮ってはいけない、液体窒素の気化に伴う膨張【注目の化学災害ニュース】2019年11月のニュースから RISCAD CloseUP

投稿日:2019年12月05日 11時30分

過去のニュースから、さんぽチームで活発に議論がされた内容をご紹介いたします。
先月、娯楽番組の撮影中に、出演していた俳優が腰椎を骨折する事故がありました。俳優は2週間の安静のため入院し、全治2ヶ月と診断されたとのことです。その撮影シーンには液体窒素が使用されていたとのことなのですが、液体窒素をどのように使用したことにより起きた事故なのか、私たちが事故について知り得た情報から、「侮ってはいけない、液体窒素の気化に伴う膨張」と題し、Close UPです。

液体窒素を使用した娯楽番組の撮影の内容

先月、娯楽番組の撮影中に、出演していた俳優が腰椎を骨折する事故がありました。俳優は2週間の安静のため入院し、全治2ヶ月と診断されたとのことです。

爆薬を使った派手なアクションの撮影での爆発事故ということでもなければ、本来このコーナーで取り上げる内容ではない番組撮影中の骨折という事故なのですが、その原因が液体窒素とのことなのです。

ニュースによると、撮影の内容は、容量2Lのペットボトル容器に500mLの液体窒素を充填したものを、上部をくり抜いたドラム缶内に縦に置き、ドラム缶の上部を覆うように板と座布団を敷いて、そこに俳優があぐらの状態で座り、その後ドラム缶内のペットボトルを破裂させるというものであったそうです。破裂の勢いで俳優の身体が空中に浮くことを狙いとした企画であったそうですが、どのような方法で液体窒素が充填されたペットボトルを破裂させたかということには触れられていませんでした。

その限られた情報から考えても、これは本来の液体窒素の使用方法とは乖離しています。液体窒素を詰めた容器を破裂させることはとても危険です。もっと大きな事故が起きていても不思議はありませんでしたね。

ペットボトル内の液体窒素にどのような変化が起きたか

液体窒素の有益な用途としては、低温での実験、食品などの瞬間冷凍、いぼの除去など皮膚に関する医療、冷却剤としての用途などが知られていますが、今回の撮影は、ここにあげたものとは違う液体窒素の特性を利用して行われたようです。

そうですね。撮影は、液体窒素の気化時の膨張の特性を利用して行われたものと考えられます。伊藤さんは液体窒素が気化するときにどれくらい膨張するか知っていますか?

この事故のことを聞いて、液体窒素が気化する際にどれくらい膨張するのか調べてみました。液体窒素が気化するとその体積は約700倍に膨張するとのことですね。

なぜこの事故と液体窒素の膨張が私の頭の中で結びついたかというと、液体窒素をペットボトルに入れて蓋を閉め、破裂させる実験の映像を見たことがあり、その破裂の勢いがすごかったのを記憶していたからです。そして、その実験と今回の事故は、液体窒素の同様の特性が利用されているのではないかと感じたのです。

液体窒素ではないのですが、東京消防庁公式ページで公開されている、ペットボトルにドライアイスを入れた際に破裂する様子を実験で再現した動画があります。ドライアイスは固体から気体になる、いわゆる「昇華」する物質ですが、その昇華の際に体積は約750倍になるとのことですので、液体窒素を入れたペットボトルが破裂する場合と同様の仕組みで破裂が起きると考えられます。

東京消防庁公式チャンネルより
「ドライアイスによるペットボトル破裂の危険性」
ードライアイスによるペットボトル破裂事故の再現実験ー

なるほど、いい読みですね。説明の続きを聞きましょうか。

(ほ、ほめられた!?)はい、続けます。

前述のように、液体窒素が気化するとその体積は約700倍に膨張するとのことで、今回のケースだと容量2Lの密閉された空間内で、500mL=0.5Lの液体窒素が最終的には350Lに膨張する勢いで気化していきます。しかし、当然ほんの2L程度の空間内では350Lまでの膨張を受け止めることはできず、瞬く間に容器が破裂します。

その勢いで俳優が空中に浮くシーンを撮影したかったようなのですが・・・上の数字を見て想像しただけで、とても危険な気がします。

ペットボトルが何本使用されたかわかりませんが、1本だとしても、ドラム缶の容積を約200Lとして、瞬間的に約2.75倍に圧力が上昇することになります。ドラム缶の直径を約60cmとするとフタ部分の面積は約0.3平方mで、大気圧は1平方cmで約1kg、1平方mで約10tの力が加わりますから、大気圧下でドラム缶のフタにかかる力は約3t。大気圧を差し引いて、この1.75倍の力=約5tの力が加わることになります。もちろん重要なのはこの力のかかる速さですが、瞬間的に約5tの力がかかるということがどれだけ危険なことかは想像がつくとおもいます。

5t!私たちが普通に生活している上で5tの力がかかることに遭遇することはまずありませんよね。状況によっては、今回の事故がより大きな事故になる可能性があったということがわかりますね。

私たちにとって一番大事なものはなにか

液体窒素は、誤った取扱いをすると重大な事故を引き起こしかねない危険なものであり、実験などで使用する際には正しい取扱いをするよう言われている物質です。

液体窒素に関する事故というと、酸欠や凍傷などのイメージが強いですが、今回の事故は液体窒素を容器に詰めて破裂させたことが原因となったものです。この液体窒素の使用方法が有益とも正しいとも思えないのですが・・・どうなのでしょうか。

そうですね。私は爆発現象の研究者として、様々な実験を行なってきましたので、安全に実験を行うために、条件の設定には細心の注意が必要ということが身にしみてわかっています。しかし、あくまでも推測ではありますが、こういう撮影の現場では、もちろんリハーサルは行われているとしても、良い画が撮れないと十分な検討をしないままに危険な側に条件を変えてしまう、ということがあるのではないでしょうか。ちょっとしたコンファインメント(密閉状態)の違いで、圧力の抜け方が変わり、上にいる方への衝撃が変わることは十分に考えられます。

今回のような撮影にせよ、研究現場で行われる実験にせよ、リハーサルや予備実験を行ったからといって、それと全く同じ条件が再現されるとは限りませんよね。

万全を期し、石橋を叩いて渡ったとしても、100%安全ということはなく、石橋を叩いたら今まで渡ってきた部分まで崩れてしまうこともないとはいえないのです。とはいえ、そう言ってばかりでは何も生まれないし、何も発展しません。

しかし、こと人体に危険が及ぶ可能性があるとわかっていることを行う場合には、撮影であれ実験であれ、より一層の注意を払わなくてはいけないし、みすみす危険なことをするのはもってのほかのように感じました。命あっての物種、ですから。

【編集後記】

本文中にも出てきましたが、テレビ番組の撮影で使用する化学物質というと、私の頭にはドライアイスが浮かびます。昭和の歌番組などでは、アイドルの足元に白い煙のようなものがもくもくと。そう、これは「昇華」の性質を持つドライアイス(固体二酸化炭素)を使用した演出でした。その頃はクリスマスケーキなどを買ってくると、保冷剤として箱の中にドライアイスが入っていることがありました。子ども時代の私は、親にドライアイスを皿などの入れ物に移してもらい、ケーキに舌鼓を打ちながら、目では白い煙の演出を楽しんだものでした。

最近は冷凍庫で凍らせて使用するジェル状の保冷剤が一般的となったのか、ドライアイスが保冷剤として使用されているケースをあまり見かけなくなったような気がしますが、液体窒素よりは私たちの身近なところにも存在すると考えられますので、取扱いには気をつけましょう。

【参考情報】

東京消防庁公式チャンネルより
「ドライアイスによるペットボトル破裂の危険性」
さんぽニュース編集員 伊藤貴子